ある作曲家
交響曲第一番ト短調 作品一三《冬の日の幻想》
一八六五年(二十五歳)の暮れ、ある作曲家は、モスクワにやってきた。
それは、恩師アントン・ルビンシテインの推薦を受け、その弟ニコライが創設したモスクワ音楽院で、音楽理論を教えるためであった。
彼が、教師の仕事のかたわら、モスクワで最初にとりかかった大作が、この「交響曲第一番」である。
この曲は一八六六年に完成、その年のうちに部分的に紹介されたが、全曲の初演は一八六八年の2月15日に、ニコライ・ルビンシテインの手で行なわれ、大好評を博している。