好きな色の背景 その1
西洋の古代紫は、プルプラとかムレックスなどといわれる貝類のパープル腺から分泌される液で染められた、貝紫といわれる色で、紫といっても深紅色に近い色だが、日本の紫色は、紫草という多年草の根、つまり「紫根」を染料として染色され、前田千寸氏は、―奈良時代以来の染色遺品を検しても、赤味がちの紫色は見当らない―と記されています。
日本の紫染の手法は、もとは階・唐から伝られたということだが、そのはるか昔の、周代の紫は赤とまぎらわしいようなもっと赤味の紫であったとみえ、孔子や孟子は、紫が正色の朱よりも貴ばれる風潮が生じたことを、嘆いているくらいです。
古代中国で、紫はそもそも、正色の朱と青の混色から生まれる間色とされており、紫という漢字も、止(あし)と、比(ならぶ)の下に糸がつけられたもので、赤と青を混ぜて染めた色が、あしなみがそろわず、ちぐはぐな中間色になったことを表わしているということです。